ゴードンの「領域」を用いた看護実習記録の書き方:患者さんを深く理解する視点
看護実習において、患者さんの情報を整理し、看護問題を明確にするために欠かせないのが看護実習記録です。中でも、ヘルスアセスメントの枠組みとして広く用いられているのが、**ゴードンの「11の機能的健康パターン(領域)」**です。この枠組みを使うことで、患者さんの全体像を多角的に捉え、個別性のある看護計画を立てるための思考プロセスを深めることができます。
しかし、「どう書けばいいの?」「どこに注目すればいいの?」と悩む実習生も多いのではないでしょうか。この記事では、ゴードンの11の領域を効果的に活用した看護実習記録の書き方を、具体的な視点やポイントを交えて詳しく解説します。患者さんの「今」を深く理解し、質の高い看護ケアへと繋げる記録を目指しましょう。
ゴードンの「11の機能的健康パターン」とは?
ゴードンの提唱する「11の機能的健康パターン」は、患者さんの健康状態を包括的にアセスメントするための枠組みです。これは、単に病気の症状を見るだけでなく、患者さんの生活全体、つまり「どのように生活し、どのように健康を捉えているか」という視点から情報を収集・分析することを目的としています。
各領域は互いに関連し合っており、一つの問題が他の領域に影響を与えることも少なくありません。この枠組みに沿って情報を整理することで、患者さんの健康状態と生活の全体像を立体的に把握できるのです。
ゴードンの11の領域一覧
健康知覚-健康管理パターン:
患者さんが自身の健康をどう捉え、どのように管理しているか。健康行動や病気への認識、予防行動など。
栄養-代謝パターン:
食事摂取状況、栄養状態、代謝機能、皮膚・粘膜の状態など。
排泄パターン:
排便・排尿の状況、排泄に関する問題(失禁、便秘など)とその管理。
活動-運動パターン:
身体活動能力、ADL(日常生活動作)の自立度、運動習慣、レクリエーション活動など。
睡眠-休息パターン:
睡眠の量・質、休息の取り方、疲労感の有無など。
認知-知覚パターン:
五感の状態、意識レベル、記憶力、判断力、痛みや不快感の有無とその表現。
自己知覚-自己概念パターン:
自己肯定感、自己評価、身体イメージ、アイデンティティなど。
役割-関係パターン:
家族関係、社会での役割(仕事、学校など)、人間関係、社会的孤立の有無など。
セクシュアリティ-生殖パターン:
性に関する認識、生殖機能、性役割、性生活に関する満足度など。
コーピング-ストレス耐性パターン:
ストレスの原因とその対処方法、ストレスへの適応能力、問題解決能力など。
価値-信念パターン:
人生の価値観、信念、宗教観、生きがい、希望など。
看護実習記録の基本的な書き方とゴードンの活用
ゴードンの領域を用いて看護実習記録を書く際の基本的な流れと、各段階でのポイントを解説します。
1. 情報収集:患者さんの「語り」を大切に
情報収集は、看護の基本です。ゴードンの11の領域を意識しながら、**患者さん自身の言葉(主観的情報)**と、**観察や検査データ(客観的情報)**の両方を収集します。
主観的情報(S:Subjective Data):
患者さんの訴え、気持ち、健康に対する認識、生活習慣、価値観など、患者さん自身が語った情報。「〜と言っていた」「〜と感じているようだった」などと記載します。
客観的情報(O:Objective Data):
バイタルサイン、身体診察所見、検査データ、表情、行動、看護師の観察による情報など。「脈拍〇〇」「顔色が蒼白」「〇〇のジェスチャーが見られた」などと記載します。
**ゴードンの各領域に沿って質問を組み立て、漏れなく情報を収集することが重要です。**例えば、「健康知覚-健康管理パターン」であれば、「ご自身の病気についてどのように考えていますか?」「普段、健康のために何かしていますか?」といった質問を投げかけます。
2. アセスメント:情報から「なぜ?」を掘り下げる
収集した情報をゴードンの11の領域に当てはめ、それぞれの領域で**「患者さんはどのような状態にあるのか」「なぜその状態なのか」「何が問題なのか」**を深く考察します。
各領域の状態を記述:
「(領域名):〇〇である。しかし、〇〇な状況にある。」というように、主観的・客観的情報を統合して患者さんの現状を記述します。
関連性の分析:
一つの領域の問題が、他の領域にどのように影響しているかを考えます。例えば、「睡眠-休息パターン」の問題が「活動-運動パターン」の低下に繋がっている、といった関連性を考察します。
正常・異常の判断:
患者さんの健康状態が、その人にとって「健康的」な状態なのか、それとも「問題がある」状態なのかを判断します。ただし、基準は患者さん個人の状況や価値観によるため、画一的な判断は避けます。
3. 看護診断:患者さんの問題を言語化する
アセスメントで明らかになった患者さんの健康問題に対して、看護診断を導き出します。看護診断は、患者さんの反応を基に、看護師が独立して介入できる領域の問題を明確にするものです。
P(Problem:問題):
患者さんの健康問題(例:非効果的気道浄化、便秘、不安など)
E(Etiology:原因):
その問題を引き起こしている原因(例:喀痰喀出困難による、活動量の低下による、疾患に対する情報不足によるなど)
S(Symptoms:症状):
その問題の根拠となる徴候・症状(主観的・客観的情報)
**ゴードンの各領域から問題点を見つけ、PES形式に当てはめて看護診断を記述します。**例えば、「活動-運動パターン」のアセスメントから「運動能力低下」という問題を見つけ、その原因と症状を加えて「活動性低下に関連したセルフケア能力不足」といった診断に繋げることができます。
4. 目標設定:患者さんと共に目指す姿を描く
看護診断に基づいて、患者さんが目指すべき短期目標と長期目標を設定します。目標は、具体的で達成可能であり、患者さん自身が「こうなりたい」と思えるものであることが大切です。
SMARTの法則を意識:
Specific(具体的)
Measurable(測定可能)
Achievable(達成可能)
Relevant(関連性がある)
Time-bound(期限がある)
5. 看護計画:具体的な介入を立案する
目標達成のために、看護師が具体的にどのような介入を行うのかを計画します。計画は、患者さんの個別性に合わせ、看護師の役割、他職種との連携なども考慮して立案します。
観察計画(O-P:Observation Plan):
患者さんの状態変化や介入の効果を評価するために、何を観察するか。
援助計画(E-P:Education/Enablement Plan):
患者さんが問題に対処できるよう、どのような支援や指導を行うか。
教育計画(C-P:Collaboration Plan):
患者さんや家族への情報提供、指導、セルフケア支援など。
共同計画(T-P:Treatment Plan):
医師や薬剤師など、他職種と連携して行う治療・ケア。
ゴードンを用いた看護実習記録のポイントと注意点
患者さんの視点を常に意識する:
ゴードンの枠組みは、患者さんの生活や価値観を重視します。病気だけでなく、患者さん自身の「生」を深く理解しようとする姿勢が大切です。
情報の関連性を考察する:
各領域の情報を単体で見るのではなく、それぞれがどのように影響し合っているかを常に考えましょう。点と点ではなく、線で繋がることで、患者さんの全体像が見えてきます。
具体的な言葉で記述する:
抽象的な表現ではなく、患者さんの具体的な言動や、客観的な数値を根拠として記述しましょう。
ポジティブな情報も記載する:
問題点だけでなく、患者さんの強みやできていること、回復力なども積極的に記録することで、患者さんを全人的に捉えることができます。
継続的にアセスメントする:
患者さんの状態は常に変化します。記録は一度書いて終わりではなく、継続的に情報を収集し、アセスメントを更新していくことが重要です。
まとめ:ゴードンは患者さん理解の強力なツール
ゴードンの「11の機能的健康パターン」を用いた看護実習記録は、患者さんの健康問題を多角的に捉え、個別性のある看護ケアを実践するための強力なツールです。最初は難しく感じるかもしれませんが、繰り返し実践することで、患者さんの訴えの背景にあるものを深く理解し、的確な看護介入へと繋げる力が養われます。
この枠組みを通じて、患者さんの生活や価値観に寄り添い、真に「その人らしい」ケアを提供できるよう、ぜひ学びを深めていってください。きっと、あなたの看護観を豊かにする貴重な経験となるでしょう。